院長経歴

平成16年4月~平成18年3月

  • 藤田保健衛生大学医学部付属病院に勤務

平成18年4月~平成19年3月

  • 久留米大学医学部付属病院 心臓・血管内科に勤務

平成19年4月~平成20年3月

  • 社会保険田川病院に勤務

平成20年4月~平成21年3月

  • 中津市民病院に勤務

平成21年4月~平成25年3月

  • 久留米大学医学部付属病院に勤務。心臓血管内科にて心血管領域のイメージング、動脈硬化や腹部脂肪に関する臨床研究

平成25年4月~平成26年3月

  • 高邦会高木病院に心臓血管内科医長として勤務

平成26年4月~平成27年3月

  • 済生会日田病院に心臓血管内科医長として勤務

平成27年4月~

  • 児玉医院院長就任

児玉医院沿革・歴史

1600年 後半 初代児玉見了が長渕にて医業を始める。(現在の大分県日田市三和長渕周辺)

1806年(文化3年)8代 児玉(相良)茂は、成章舎(咸宜園の前身)に入門。(咸宜園についてはコチラ


相良茂の入門簿

茂の出身は隈町であったが、新原村の医者7代玄龍の養子となった。咸宜園の広瀬淡窓先生に愛され、23歳で「咸宜園五子」の一人となる。
(コチラに詳しい資料があります。→別府大学地域連携プログラム
のちに児玉家の医業を継ぎ、村人の医療に尽くす。
茂の長男主一郎、三男存策、五男俊吉、六男弓蔵も咸宜園に入門。主一郎と存策は「宜園百家詩」の一人である。


茂の6男弓蔵の入門簿

児玉家は、明治になって三本松に移り住む。



当院に残る明治3年(1900年)児玉雪庵の入門簿。この時にすでに「三本松」の記載がある。

12代児玉孜の頃の看板

13代児玉光昭が病院を建設。

2015年4月 14代 児玉紀洋が院長に就任。
2016年7月 病院を近所ダイレックス日田中央店敷地内へ移転。

当院に代々伝わる医学書

同じく当院に伝わる乳棒などの当時の道具や医療器具.。

内科,循環器内科,呼吸器内科,消化器内科
院 長 児玉 紀洋
【所在地】
〒877-0016
大分県日田市三本松2丁目7-4
(2016年7月19日より)
0973-24-6572

月・火・水・金曜日

午前 09:00-12:30
午後 14:30-18:00

土曜日

午前 09:00-12:30
第3土曜日は休診、その他は午後休診

※木曜日、第3土曜日、日・祭日は
休診です